日本のライバルは日本

  • 2016.02.14 Sunday
  • 08:33
佐藤智恵著『ハーバードでいちばん人気の国・日本』_PHP新書

昨年の10月、安倍内閣は「一億総活躍社会」プランを打ち出した。直後から、世間では不評の声が多かったが、なぜか個人的には良いんじゃないのかなと思っていた。確かに、一億総××などというと、何か戦時中のプロパガンダのような響きがあるので、ちょっと退いてしまうのは分かる。

しかし、超高齢化社会へ向かってまっしぐらのこの国にとって、色んなプランをトライしてみることは必要なことだろう。「活躍=労働」のイメージに捕らわれてしまうと窮屈だが、「活躍=元気に生きる」と捉えれば、それは全てのジェンダーと世代に当てはまる。全ての日本人が元気に生きることのできる国を目指す、というのは悪いことではない。

佐藤智恵著『ハーバードでいちばん人気の国・日本』は、そんな元気な日本の復活を予感させるような本である。ハーバードというと、じぶんには映画・ドラマの中の出来事としか思えない。本書でハーバードと称しているのはハーバード大学経営大学院のことである。二学年で約1800人の学生が学んでいる。学生の多くは、いわゆる各国の要人の子女、富裕層の子女であり、卒業後は財政界で養殖につき、世界に大きな影響を与える地位につく確率の高い人たちである。

この大学の教員・学生に日本が大人気であるというのが、タイトルにあるように、本書の主旨である。しかし、ハーバード大学などへの日本人学生の留学者が年々減っており、中韓の留学生が増加しているということが以前から話題になっている。そんな状況で本書のタイトルを見たとき、本書のタイトルを俄に信じることはできなかった。また、似たような自国賛美のタイトルの本が多く出版されているが、あまりに我田引水的な空気に抵抗があり、今まで手に取ってみることはなかった。

本書を読んでみようと思ったのには著者の経歴の影響が大きいかもしれない。著者が、その多様なキャリアに関わらず未だ無名?の女性ライターであるということで、逆に本書の内容に信憑性があると思える気がした。有名であるということが思うほどに価値のあることではない、ということが納得できる歳になったということでもある。

ハーバードの学生は年間に約250本、二年間で約500本の事例を学ぶのだという。日本の企業の事例は、数の上では欧米、中国、インドの事例よりも少ない。しかし、日本の事例のほうが、「忘れられない事例」「私の人生に影響を与えた事例」として、学生に強い印象を残すのだという。なぜ?。

2013年、ニティン・ノーリア学長が『ボストン・グローブ』紙に寄稿した記事が紹介されている。

私は日本経済を立て直そうとしている経営幹部、起業家、ビジネスリーダーと出会い、「欧米諸国から日本が学ぶことは何もない、と考えるのは大きな間違いだ」と確信した。(中略)
「ソニーなどの日本企業は、かつて革新的だったが、いまや他国の競合企業の後塵を拝している」と世間では認識されているかもしれない。しかし、日本からはいまも、世界を席巻しそうな企業が密かに輩出しつつあるのだ。(中略)
経済は停滞していても、他国がうらやむほど国民の質が高いことに、私は感銘を受けた。多くの国々では経済的な格差が危機的に拡大しているにもかかわらず、日本国民の貧富の差は驚くほど小さい。日本社会は秩序と調和が保たれている。2011年の東日本大震災からの復興を見れば、この国がたび重なる戦争や天災から立ち直ってきた国だということをあらてめて実感する。


アメリカ型資本主義、市場原理主義、株主至上主義は間違っていないのか、今、ハーバードのエリートたちの課題なのだという。中国は、現在最も経済成長を遂げたと言われるが、人権や社会体制に問題をかかえる国がアメリカのモデルにはなりえない。そこで、ビジネスを歴史から学ぼうということになった。そして、世界初の企業(金剛組)がうまれた国、世界初の先物市場(堂島米会所)が生まれた国、類を見ない経済成長を遂げた国−日本が再び注目されるようになった。

今、日本は世界の政治・経済の面では後退したとされているが、最高峰の教育の場では注目されている。もし、これが事実であるとするならば、個人的には大変嬉しいことだ。実は、じぶんはこの国が世界の辺境でひっそりと、穏やかなコミュニティとして存在していくことを願っている。だからと言って、鎖国を推奨しているわけではない。しかし、どちらかと言えば、グローバル化とは相反する考え方だ。世界中の政治、経済、民族、文化をガラガラポンするような在り方に強い疑念を覚え、信用ができないのである。

これから世界の中で日本が果たせる役割、それは政治・経済ではないのではないか、そんな想いを抱いている。ノーベル経済学賞のマートン・ミラー教授が、NHKスペシャル「マネー革命」のインタビューで述べている。

先物市場は日本で発明されたのです。米の先物市場が大阪の真ん中の島で始まりました。それは現代的な取引制度を持った最初の先物市場でした。(中略)2,3年前のことですが、私は大阪に行ったとき、花を買って最初の先物市場の跡地に捧げました。それは人類に対するすばらしい貢献だったからです。

自由市場の信奉者であるマートン・ミラー教授の想いと、江戸時代に先物市場を作り上げた先人たちの想いが同じであるとは、とても思えない。江戸時代の商人たちの課題はローカルで切実なものだったのではなかろうか。まして、この先物市場がグローバルな仕組みに向いているのかどうかは未だ白黒がついていない。

なぜ、シカゴの商品先物市場が誕生する約120年も前に、日本で先進的な市場が生まれたのか。ハーバードの教員たちは、その一つの要因として、日本人の知的水準が高かったことをあげる。当時、日本人の識字率も就学率も、世界的にかなりのレベルにあったと思われる。多くの町人の子女が寺小屋に通い、読み書きと計算を身につけた。ジョーンズ教授が次のように指摘する。

経済成長の要因は複雑で、何が経済をさせるのかについてははっきりと解明されてはいませんが、確実に言えるのは、人的資本(ヒューマンキャピタル)が経済成長を左右するということです。なかでも読み書きができる国民がどれだけいるか、というのは非常に重要な要素です。日本には、江戸時代から、優れた人的資本がありました。日本は閉ざされた封建社会のなかに、優れた人的資本を抱え、高度に発達した社会をつくりあげていたのです。

教授は、経済発展の要因については正確には解らないのだと言う。ただ、確実に人的資本が果たす役割は大きいと提言する。この教授の正直な提言は傾聴に値する。じぶんも、素人の直感だが、経済は最終的に人に、より端的に言えば人の{脳}に帰着すると考えている。よって、そのコミュニティにどんな人的資本−その質と量、そして経過年数−が存在するかが、そのコミュニティの経済を左右するという考えには得心がいく。

本書の「終章」は、日本人が気づかない「日本の強み」を自覚せよ、というタイトルで書かれている。この中で、ハーバードの教授陣に「日本の強み」をあげてもらっているのだが、もっとも多くの教授が「日本の強み」として指摘したのは「人的資本」であったという。つまり、日本の強みは日本人だということである。目から鱗という感じもするが、灯台もと暗しという感じもある。

日本人のプラス評価すべき点としては、
     1.高い教育水準
     2.分析的な特性
     3.美意識、美的センス
     4.人を大切にするマインドと改善の精神
     5.環境意識と自然観
     6.社会意識
などが指摘される。

同時に、時にマイナス評価になり得る点として、恥の文化、謙遜の精神などをあげる。さらに、教授陣が指摘した日本の課題は次の三つに集約されるという。
1.グローバル化
2.イノベーションの創出 _ 高齢化社会はチャンス
3.若者と女性の活用

じぶんは、2と3は納得がいき ” 一億総活躍 ” とも共有できる提案だと思うのだが、1のグローバル化には懸念を持つ。もっとも、このことはグローバル化の定義にもよる。ハーバードの教授陣の、日本ほどの長い歴史と、長い経験が蓄積された国は世界に類がなく ” 世界はもっと日本について知りたがっている ” 、それに応えるべきだ、という提言には賛同する。現状は、英語に翻訳されている情報はあまりに少なく、それを伝える人も不足しており、日本の本当の価値は日本に来てもらわないとわからないのだという。このことに応えるためのグローバル化は大賛成である。そのための具体的な策は議論を要するだろうが。

本書では、ハーバードで実際に使われている日本の事例を紹介している。トヨタ、ホンダは分かりやすいが、「テッセイ」と「福島第二原発」が取り上げられているというのには驚いた。「テッセイ」は新幹線お掃除劇場としてTV番組で紹介されており、「福島第二原発」もメルトダウンをくい止めた組織の活躍を漏れ聞いてはいたが、じぶんはその詳細を認識していなかった。

テッセイ 福島第二原発

ハーバードの教授陣は、日本のモノではなくソフトウェア(組織の在り方)、ヒューマンウェア(リーダー、人事)を取り上げ評価する。このことを、日本人自身はほとんど自覚していないような気がする。個人的にも、この国はモノづくりではなくヒトづくりの方が得意なのではないか、と考える。モノはその結果として付いてくる。日本のライバルは日本なのである。

ただ、定年前後から気になっていることがある。それはいろんな身近にある店舗・施設のサービスの劣化である。車のディーラー、携帯ショップ、TV関連、そして病院、役所等々、日々生活の中で個人的に関わる処のサービス力が落ちていると感じるのである。いつも、それはじぶんの老化による被害妄想?の所為ではないかと自問するのだが、どうしてもそれだけでは納得がいかないのである。

日本再生のキーはやはりヒトだと思う。ヒトづくりには、教育機関だけではなく、政府も、企業も、自治体も、そして個人もその責を負わなければならないと思う。本書はその事を示唆しているのではないだろうか。
 

ハーバードでいちばん人気ハーバードでいちばん人気の国・日本
なぜ世界最高の知性はこの国に魅了されるのか
PHP新書(
amazon
2016年1月発行

著者 佐藤智恵(さとう・ちえ)
1970年兵庫県生まれ。92年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。ディレクターとして報道番組、音楽番組などを制作する。2001年米コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。ボストンコンサルティング、外資系テレビ局などを経て、12年作家・コンサルタントとして独立。著者に『外資系の流儀』、『世界最高MBAの授業』、『世界のエリートの「失敗力」』ほか多数。近年はテレビ番組のコメンテーターも務めている。


 

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