日本人の”リアリティ(現実性)”が問われる

  • 2012.10.30 Tuesday
  • 18:12
25日、石原都知事が突然辞任を表明した。新党を立ち上げ、時期衆院選で比例区から立候補するとのこと。一昔前なら、拍手喝采したところかもしれないが、今は何の期待感もない。むしろ不安のみが残る。今回の尖閣諸島の問題に関しては、東京都による魚釣島購入計画に端を発した問題であることは否定できない。

弱腰とか、断固たる姿勢とかいう次元の話ではない。日中間には二千年にも亙る歴史がある。”歴史問題” と言うと前世紀の事象のみ取りざたされるが、本当にそれで良いのか。今、日本人そして中国人の ”リアリティ(現実性)” が問われているのではないか。

昨年の3.11大震災のとき、まだ会社勤めをしていたのだが、TVで津波の映像を見ていた若いアルバイト君が 「映画みたいだ」 と呟いた。そして、「何言ってんだ」 と叱り飛ばせないじぶんが居た。同じような感覚を持った大人たちも多かったのではないだろか。大変なことが起きているのに現実でないような、あのあやふやな感覚は一体何だったのだろう。

そして原発事故。イヤーな予感がしたことを憶えている。爆発が続き、さすがに何かしなければと思ったのだが、思いついたことと言えば ”重度の花粉症対策” と同様のもの。マスクとメガネと窓のすき間を塞ぐテープを用意せねばと思った。 その頃、すでに関東から西の方へ批難行動を起こしていた人たちがいたことも事実のようだ。また、政府の広報を信じて、ほとんど何の心配をしなかった人たちも多くいたことだろう。何に ”リアリティ” を感じるかで行動が違ってくる。

尖閣諸島に対する ”リアリティ” に関して言えば、一般国民より政府関係者の ”リアリティ” が特に問題である。彼らは一体どんな ”リアリティ” を持っているのだろうか。少なくとも、中国の権力中枢にいる人たちとのそれとは異なるようだ。であれば、違っているという メタ認知(※1) が不可欠である。彼らはそのことに気づき、そして対応出来るのだろうか。

沖縄(ウチナー)の本土(ヤマトゥ)への不信感が高まっている。95年の女子児童暴行事件に始まった普天間基地移設計画だが、遅々として進まず、さらに民主党政権下でもつれにもつれ、沖縄県民の日本政府への不信感が高まる中、だめ押しかのように、県民の反対する ”オスプレイ” を普天間基地に強行配備した。これら一連の出来事に対する沖縄(ウチナー)と本土(ヤマトゥ)の ”リアリティ” の差は大きい。

15年前、沖縄に旅行したとき、綺麗な夕日に感動して朝日も拝ませてもらおうと思い、早起きして散歩にでかけた。ホテル側の入江に沿って散歩していたところ、魚を捕っている人がいて、向こうから話しかけてきた。同世代と思われる男性で、本土で働いていたが差別のようなことがあったとか、沖縄の文化は日本よりも中国に近い、というようなことを一方的に話して離れていった。

その時初めて、沖縄は ”純日本” ではないのかもしれない、と微かに思った。しかし、その時は、将来もこの事が大きく表出してくることはないだろうという確信があった。沖縄は日本である。ところが、沖縄に関する昨今の懸案を見聞きしていると少し不安になってくる。(参照:TBSラジオ・Dig−※2−)

あの震災の日から、じぶん自身の意識の体験を通して、現代日本人の ”リアリティ”  に危惧を持つようになった。”日本の常識は世界の非常識” などと揶揄されたこともあった。”今の日本は内向きだ” とも言われている。何でもかんでも世界標準でなければならないというのは意味のないことではあるが、個人でも、世間とずれすぎていると生きにくいものだ。

少なくとも、平和(平穏)に馴れすぎた自分の ”リアリティ” を見直してみることは大事なことかもしれない。物心ついたころから、ずっと、世界は完成されたものと思っていた。恐竜が滅びたような地質学的変動はありえない。2度の世界大戦を経験した人類が同じ過ちを犯すことはない。そう思い込んでいた。

しかし、137億年前に宇宙が誕生して以来、世界は常に変化し続けているのである。何もかもが ”変化の途上” なのだ。3.11はそれを教えてくれた。尖閣問題は、アジアが前世紀どころか遙か昔の歴史を引きずりながら、もがいていることを教えてくれた。そして今、沖縄は ”日本人は単一民族である” という命題を熟慮せよと教えてくれている。

人間とは面倒なもので、長く浸されているものに慣れてしまう。それを真実と信じ込む。それは日本人も他国の人も、男も女も、老いも若きも皆同じだ。そのことを 理解する(できる) 人間になる努力をし続けなければならない。そう考えるのである。


※1 メタ認知 − 《meta は、変化したの意》 認知心理学の用語。自分の行動・考え方・性格などを別の立場から見て認識する活動をいう。(「大辞泉」より)
※2 参照 YouTube :ラジオ放送「TBSラジオ・Dig」

 

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